近頃「メタ認知」という言葉をよく目にし、精神的成熟度の物差しとして使われるケースも散見される。
しかしメタ認知には、人生をつまらなくする側面もあると思う。
何かを成し遂げたいと思ったときに、メタ認知が重要なのは間違いない。自分の現在地をメタ的に確認できない人は、誤った方向に誤った努力を重ねてしまう可能性が高まるからだ。地図を持たずに歩く人は、どれだけ速く走っても目的地から遠ざかることになる。
だが一方で、人生を楽しむためには「主観と没入感」が前提になる。 ここがやっかいなところで、メタ認知と没入感は、本質的に逆ベクトルを向いている。
人はあまりにも論理とメタ認知を突き詰めてしまうと、どんな瞬間も自分を「実況中継」してしまうようになりかねない。
どんな場面でも一歩引いて冷静になってしまう。
友人と馬鹿騒ぎしているとき。二週間ぶりに恋人とデートするとき。子の著しい成長を喜ぼうとするとき。仕事の目標を達成して興奮しているとき。そういう「喜」の瞬間においてまで、メタ認知の習慣が勝手に発動してしまうと、これは困ったことになる。
素直に感動できなくなる。素直に感極まれなくなる。素直に喜べなくなる。感情を享受したいのに、できなくなるのだ。「自分は今感動している」と、まるでスマホ画面の中にいる自分を眺めているような、物語の登場人物としての自分を見ているような、そんな気分になってしまう。要は、冷めてしまう。これは”頭いい人”に起こりがちな「あるある」だと思う。頭がいい人ほど、観察者の自分が居座り続けて、当事者の自分が席につけない。
人生を抽象化して煮詰めていくとき、最後に残る変数は何だろうかと考えることがある。
僕の感覚では、それは「いかに多くの感情を、いかに深い情動を、いかに豊かな感動を、味わえたか」に尽きる。地位でも資産でもなく、味わった感情の総量こそが、生の手応えの正体なのではないか。
人が死の際に後悔することと言えば、「もっと家族や人間関係を大切にすればよかった」「もっと楽しいことに打ち込めばよかった」「もっと旅行に行けばよかった」などが代表的だ。
そのいずれもが「もっといろいろな感動・感情・情動を味わえばよかった」という最大公約数を持っている。悔やむとしたら、人はきっと「人生を精一杯味わいきれなかったこと」を悔やむ。
死を目の前にして「自分の人生にはメタ認知が足りなかった、せっかくの人生、もっとメタ認知をすればよかった」と後悔する人はまさかいないだろう…ということである。
PS.先日食べたつけ麺がおいしかったです。
中華蕎麦 ひら井
042-319-8389
東京都府中市栄町2-11-7
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